今回は、海外子会社の複数の経営幹部によるクレジットカード利用による多額の私的交際費・遊興費の発生(横領)事例を考察すると共に、その概要、起こってしまう理由や動機、対応策について、説明していきます。
関連:不正事例#1
大企業である親会社Pの東南アジアのとある国に位置する在外子会社Sにおける不正事例です。
子会社Sは、東南アジア進出の試金石として、数億円の投資を見込んだプロジェクトであり、当初の赤字は覚悟の上で、設立されたものでした。この横領は、設立から間もなく始まり、3年に渡り行われ、年を追うごとに被害額は拡大し、その総額は1億円を優に超える巨額なものとなりました。
この子会社Sに明るく営業系の40歳位の男性である現地の社長Xと、それと共謀して味を占めた35歳位の男性である現地の経理部長Yの2人がその犯人でした。
当初、親会社Pから許諾されたクレジットカード1枚のみが利用されていましたが、決済の利便性などから、クレジットカードは3枚発行されていました。当初は、日本から派遣された日本人の取締役Zの現地での経費精算として利用されていましたが、Xから事業拡大などに伴い、自分にも発行して欲しいとの要望があり、Zの承諾の下、発行されました。その後、程なくして、Yの管理業務でも必要との打診がXからZにあったため、Zの承諾の下、発行されました。
Zは、親会社では主に事業開発を担当する地位にいる者で、管理という意識が高くはないものでした。
社長Xは、当初は、現地における事業開発の伴う経費や開発パートナーなどとの接待交際費を月10~30万円程度費消するのみでしたが、次第に、家族との飲食費や生活費、私的なナイトクラブなどの遊興費やプレゼントなどにも及び、月100~300万円にも達することがありました。
その公私混同を横目で見ていて、薄っすらといけないことだと気がついていた経理部長Yは本来、経費の妥当性を問い詰める立場にありましたが、Xに問いただすことはできないでいました。真面目ではあるもの、気の弱い性格もあり、口止めの意味合いもあってか、「お前もいつも仕事頑張っているから、月20~30万円くらいなら使ってもいいよ!」という、Xの悪魔の囁きもあり、家族との飲食代などに、クレジットカードを使ってしまっていました。
親会社Pの管理担当取締役Kのところに、内部通報として、子会社Sの女性の管理部員Aから、「私はもう退職するが、性格的に見過ごすことはできないので、社長Xと経理部長Yが横領をしているので、調べてほしい。」という切実な文書が届きました。その真偽を確かめるために、管理部を中心に調査プロジェクトが立ち上がり、実態解明の調査が開始されました。
親会社Pの管理担当取締役Kから、現地に赴任している取締役Zに、子会社の財政状態、経営成績、資金繰りなどについて、質問しましたが、事業の立ち上がりフェーズであるため、先行投資がかかり、赤字の状態であるが、特段気になることはないとの回答でした。ただ、Kとしては、先行投資資金が嵩んでいることもあることから、顧問会計士であるCに相談した結果、「過去の決算状況を見てみましょう」ということになり、社内調査が始まりました。
その結果、3年間の損益推移から、売上原価と販売費及び一般管理費の合計から人件費を除いた金額が月2,000万円程度であったから、月200万円以上である勘定科目を対象に、一取引10万円以上の取引について、内容の精査を行おうということになりました。ところが、日本語でも英語ではなく、東南アジアの現地語であったことから、まず、翻訳をすることから始まったため、時間は相当程度要しました。その調査の過程で、「業務委託費」と「福利厚生費」と「交際費」を中心に不自然な取引が発見され、月を追う毎に多額になっていることが判明しました。
「業務委託費」については、第三者に委託することがないにもかかわらず、取締役Zが知らない会社に毎月200万円程度発注されており、何らの成果物も納品されていないか、あっても不相当に高額な成果物でした。なお、これらは、社長Xの親族や知人の会社でした。
「福利厚生費」については、単身赴任である取締役Z以外の社宅は実際にはありませんでしたが、2つの社宅が借り上げられていました。その2つとは、社長X50万円と経理部長Y30万円のものでした。子会社Sの社内規程からは、権限を逸脱したもので、特段の承認を得たものではありませんでした。
「交際費」については、1取引10万円以上の取引が散見され、その大半は社長Xにより使われていました。名目は、事業開発のためのエンタテイメント費用とのことでしたが、その大半は、家族との旅行や会食代だけでなく、女性の接待供応するものが多く、特定の女性向けと思われる女性物の服飾・宝飾品・ブランド品など、私的利用な経費が多岐に渡っていました。
社長Xは、本事件発覚当初は、事業開発のために必要な経費であり、取締役Zは既知であって、その承諾を得たものであり、何ら問題ない旨を主張してきました。当初は、取締役Zに事細かに相談し、経費利用の事前申請を行っていましたが、ほぼノールックで承諾されていたことから、次第に事前申請すらしなくなっていきました。
本事件については、社長Xと経理部長Yの単独犯から複数犯ですが、その動機は何だったのでしょうか?
親会社Pのその後の調査によると、Xは人当たりが柔らかく、明るく、ノリが良い人物ではあったものの、子供もできたばかりで、生活振りは至って誠実に見えたとのことです。最初は、実際に要する事業開発のための飲食代程度であったものの、ある時、得意先に連れて行ってもらった、ナイトクラブの女性に入れ込んだところから、転落人生が始まったようです。
調査によれば、家族との飲食代や子供洋服代だけなく、ナイトクラブ代、入れ込んだ女性への百万円を超えるバッグやブランド物の洋服や宝飾品などの代金にも及び、その合計金額は相当程度多額に及んでいたとのことです。
取締役Zが常駐していたものの、親会社も含め、ノーチェックであったことから、3年もの間、不正・横領が続いて、次第に、エスカレートしていったようです。
経理部長Yは、社長Xの管理下にあり、普通に生活するには困ってもいないし、派手な遊びもしないけど、家族との生活資金はもう少し欲しい。それに、Xは会社の金を好き放題使っているし、その承諾さえあれば何でもしていい。どうせ親会社も何もチェックしていないし、自分は会社に貢献しているし、会社の金を適当に使ってしまえ、という思考回路に陥ったようです。
では、何故、簡単に会社の金を億単位で不正・横領できてしまったのでしょうか?
社長Xの上司には、親会社Pから出向してきた取締役Zがいました。しかし、この取締役Zは事業開発担当であり、管理的な経験値に乏しい人物であり、実質的には経理部長Yが全ての経理実務を取り仕切り、部下も全て掌握している状況でした。最初は、取締役Zにお伺いを立てていたものの、Zは事業サイドの人間であったことから、資金面に関心が薄かったことから、意外にも全く気が付かないことに、不正・横領金額は1億円にも到達してしまったようです。また、1人では飽き足らず、経理部長Yも巻き込んで結託し、不正・横領の金額は更に増していったようです。1人ではなく、権限のある2人よる犯行であったため、発覚が遅れたものの、見るに見かねた管理部の正義感のあるAからの通報により、その事実が明るみにでました。
今回の不正・横領事件は、在外子会社Sの経営者である社長Xと経理部長Yによる、自らの遊興費のためのものでしたが、共犯ということで、S内だけでは明るみ出ることはありませんでした。また、本来Sを管理すべき役割であったPから派遣された取締役Zが、資金面でのチェックを怠ったことによることが大きな要因と言えます。また、日本と海外という国境を超えたことにより、そもそもの道徳観や価値観が大きく異なる中、双方の管理部でのコミュニケーションが十分に図れていなかったこと、定期的な内部監査を立ち上げ時期であったため、行っていなかったことが要因と考えられます。
ただし、そもそも、Xを雇用したのが、その国に進出しようとしていた時に、たまたま、人に紹介されて知り合ったのですが、その紹介者が信頼に足る人物であったか、というところに最終的には行きつくのかも知れません。
それでは、このような事件はどのようにすれば、未然に防げたのでしょうか?
今回のケースでは、在外子会社Sとはいえ、経営者である社長X主導の不正・横領であり、更に、本来、歯止め役であるはずの経理部長Yも加担し、共犯となっていることから、発覚することが極めて難しかったと言えます。
在外子会社には、そもそも資金管理をさせず、親会社Pで全てを取り仕切ることも考えられますが、現実的には難しいと思われます。ただし、一定金額以上については、親会社Pの承認を要するなどのルールは設けるべきであるかと思います。
また、出向させるのであれば、資金面のチェックができる人材を送る込む必要があったかも知れません。しかし、これも、会社立ち上げ時においては、事業推進役が送り込まれることも多く、難しかったと思われます。
それでは、Pから定期的に内部監査に行くなどのルールが必要であったかとも思われますが、言語の問題もあり、多少ハードルはあるものの、金額の重要性に応じて、チェックすることで、何とかなったのではないかと考えられます。
いずれにしても、資金面について、在外子会社Sに全て任せっきりにして、ノーチェックの状態を長い間放置していたことが、最大の理由と考えられます。また、親会社Pと子会社Sの管理部がコミュニケーションを図れる関係を築けていなかったことも、発覚を遅らせた一因と言えます。
社長Xにも経理部長Yにも、「見てるぞ!」という監視の目を降り注いで、「やったらばれる!」という、不正に手を染めさせない仕組みづくりやマインドセットは必要です。被害者にも加害者にも、そうあるべきと考えます。
特に、クレジットカードは、現金よりも経費を使いやすく、事後的なチェックしかできないことからも甘くなりがちで、利用者や現物の管理に注意が必要です。クライアントには、日頃から、使用見込のない預金口座は閉鎖し、クレジットカードについては返還すべきと御助言申し上げていますが、一覧性をもって、使用状況は定期的にチェックすることが必要と思います。
社長Xは、調査当初から経理部長Yが自白するまでは真っ向から身の潔白を主張していました。一方で、Yは、顧問会計士と現地の弁護士の共同の調査により、当初は完全に否定していたものの、経理部長Yから、「社長Xに誘われて、家族により良い生活をさせてあげたい、いい所を見せたいので、ついやってしまった。」と罪を認めました。
その後、在外子会社Sの他の管理部員の様々な証言も重なったことから、Xも罪を認め、両者ともに、不正・横領金額の全てを約定返済するという公正証書を締結しました。
しかしながら、その後、約定弁済は途絶え、双方との連絡も不通となり、被害額のほぼ全ては未回収となり、親会社Pでは、貸倒損失の税務処理を行いました。
また、取締役Zは、この国から、別の国の管理をするようになりましたが、そこでも、同様の不正・横領事件が起こったとのことです。ただし、一定のルールを課して、一定金額以上の入出金は親会社Pの管理の下、監視も強めていたことから、被害額は1千万円程度に留まったようです。
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※本事例は、フィクションであり、実在の人物や団体等とは関係ありません。