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信託型ストック・オプションの実務上の論点

2023年5月29日17時から行われた国税庁及び経済産業省によるいわゆる信託型ストック・オプションの課税関係についての説明がウェビナーでありました。これは、2022年末頃から話題には上っていましたが、2023年2月の国会における国税庁の答弁から一般公知されることになり、ようやく結論が出たことになります。

上場会社における信託型ストック・オプションの活用は、2015年6月にIPOをしたヘリオス(銘柄番号4593)を皮切りに、その後も数多くのベンチャー企業が信託型ストック・オプションを活用して続々とIPOしていく中、8年程度の時間が経過してですが、改めて公式見解が示されたと言えます。

信託型ストック・オプションについては、信託会社などのスキーム説明から、従来、分離課税による譲渡所得という取扱いをしているケースが多く見受けられました。


しかしながら、信託法に基づくストック・オプションスキームとは言えますが、パーツ、パーツの論理的な考察からは譲渡所得とも考えられるものの、スキーム全体を俯瞰して見ると給与所得課税とすべきという見解も存在し、課税関係の不透明性を指摘する声もありました。

しかしながら、今般の説明で、何度となく、

「国税庁としては、従来から、信託型ストック・オプションは有償ストック・オプションではなく、税制適格ストック・オプションではない給与所得課税として考えている。分離課税による譲渡所得ではない。納税者の猶予は1年以内の分割納税のみ。」

という趣旨の結論が示されたことで、信託型ストック・オプションを発行している発行会社、既に付与・行使をしてしまった個人の今後の対応策などが問題となっています。

今回の説明で、最もサプライズとして飛び出してきた見解が、税制適格ストック・オプションの「時価」の概念です。通常、時価とは直近の取引価格、第三者割当価格や公正価値などと考えられておりましたが、時価は「時価純資産価額」として差し支えないと変更されました。

ベンチャー企業では、資本政策として、普通株式だけでなく、JKISSや種類株式を発行している事例が多いですが、種類株式を発行している場合には、種類株式の残余財産分配請求権を考慮した普通株式の時価純資産価額であることも示されました。

この点、会計基準委員会による会計処理の取扱い、監査法人の見解や対応方針、東京証券取引所の信託型ストック・オプションを発行している会社を上場承認するか否かの方針が待たれます。ここで、本源的価値である公正価値をどう評価するかが、今後のポイントとなるものと予想されます。

そこで今回は、信託型ストック・オプションの課税関係と発行会社と信託型ストック・オプションを付与または行使してしまった役職員の今後の課題とその対応策について、説明していきます。

信託型ストック・オプションはどのようなスキームと考えられていたか?

信託型ストック・オプションとは、大きくは、以下のスキームと言われています。

  • 発行会社のオーナーなどの委託者が、贈与などの目的をもって金銭を預ける
  • この金銭の信託行為により受託者である信託会社などが預かる
  • 発行会社が発行した新株予約権を受託者である信託会社など購入する
  • IPO後などの将来的に、客観性に基づいて評価方式などにより、各役職員などに付与
  • 各役職員などが行使制限期間や条件を満たした場合に、権利行使し、行使価格を払い込む

信託会社などによると、従来、信託会社などの信託契約と有償ストック・オプションを組み合わせた新株予約権と言われていました。

また、いくつかの信託会社などによると、

  • 付与時:課税関係なし
  • 行使時:課税関係なし
  • 売却時:分離課税による譲渡所得課税

と整理をされていたようです。

国税庁の見解(2023年5月29日時点)

国税庁は、信託型ストック・オプションについて、そのスキーム自体を否定するものではなく、原則的には、税制適格ストック・オプションには該当しないものとしています。しかしながら、付与対象者や行使制限期間などが税制適格ストック・オプションの要件に合致する場合にはそれを認めるという立場を取っています。

また、税制適格ストック・オプションの要件として、

「1株当たりの権利行使価額について、付与契約の締結の時における1株当たりの価額(時価)以上であること」

というものがありますが、この時価の概念として、新たな見解を示しました。

従来は、時価とは直近の取引価格、第三者割当価格や公正価値などと考えられておりましたが、時価は時価純資産価額として差し支えないと変更されました。

なお、ベンチャー企業で資金調達を行う場合によく利用される種類株式を発行している場合には、種類株式の残余財産分配請求権を考慮した普通株式の時価純資産価額であることも示されました。

具体的には、時価純資産価額のうち、まず、種類株式の純資産として種類株式の残余財産分配請求権に相当する純資産を差し引き、残った純資産について、普通株式と種類株式の総数で按分したものが、普通株式の純資産価額とするというものです。

以下の事例を考察します。

  • 時価純資産価額 700,000,000円
  • 種類株式の発行数 20,000株(過去に30,000円/株で発行。資本金等600,000,000円)
  • 普通株式の発行数 20,000株(過去に1,000円/株で発行。資本金等10,000,000円)
  • 種類株式の残余財産分配請求権1倍

まず、種類株式に残余財産分配請求権分の純資産価額600,000,000円を配賦

残りの純資産価額100,000,000円を普通株式20,000株と種類株式20,000株に配賦

結果として、

  • 種類株式 20,000株は500,000,000円と50,000,000円の合計550,000,000円
  • 普通株式 20,000株は50,000,000円。1株当たり単価は2,500円

と計算されます。

ストック・オプションは通常、普通株式であるので、1株当たり2,500円以上の行使価格であれば、税制適格ストック・オプションの時価の要件を認めるということになります。このケースでは、種類株式30,000円に対し、普通株式2,500円と10倍以上の価格差が付くことになります。実際には、種類株式の残余財産分配請求権の金額がその時の時価純資産価額よりも大きいことも多く、理論上、普通株式は0円となってしまうこともあるかと思います。

従来は、米国ルールでも以前は10倍ルールもありましたが、ブラックショールズ・モデルなどでは、種類株式と普通株式の価格差は10倍まではつかなかったことを考えると、理論的、実務的には完全には理解しにくいものの、ベンチャー企業を応援しようとする政府の施策とは一致するものとも考えられます。

発行会社及び役職員等の追徴課税

今回の国税庁の公式見解で問題となるのは、すでに、信託型ストック・オプションを役職員等が権利行使してしまったケースが考えられます。

通常、信託型ストック・オプションは、上場後に役職員等に付与することが想定されます。この場合、付与時の上場後の時価と1株当たりの権利行使価額との差額が、権利行使時に給与所得課税となることと思われます。

発行会社
給与所得に対する源泉徴収漏れ
この源泉徴収税額に対する不納付加算税10%や延滞税
ただし、法定納期限から5年で時効


信託型ストック・オプションが行使されてしまった会社は、上場企業が想定されますが、税金やストック・オプション会計の費用化計上の訂正報告書が必要か否かは、「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」などを基に、各監査法人、会計士協会などで、今後検討されるのではないのではないかと思われます。

役職員等
確定申告の所得区分の誤りによる過少申告
この過少申告に伴う増加税額に対する過少申告加算税や延滞税
ただし、法定申告期限から5年で時効

信託型ストック・オプションはどうすれば?

では、信託型ストック・オプションの発行を検討している会社、すでに発行している会社はどうすればいいのでしょうか?

以下で、1つの考え方を示します。

信託型ストック・オプションの発行を検討している会社

信託型ストック・オプションの税務的な法的安定性が不透明な段階での発行は、ワンショット1,000万円、月額25万円とも言われ、費用面などを考えると一旦ペンディングすることが望ましいとも思われます。その場合、代わりに、無償ストック・オプションや有償ストック・オプションを検討することになろうかと思われます。

すでに発行している会社

すでに信託型ストック・オプションを発行してしまっている会社については、

役職員等に付与前、役職員等に付与したものの権利行使前については、一旦、付与をペンディングすることが望ましいとも思われます。

ただし、総合課税の所得金額が低い役職員等が対象となる場合、給与所得課税を考慮しても、分離課税の譲渡所得と比較しても手取り額がそれほど減少しない場合には、権利行使・株式売却もあり得るかもしれません。

今後の対応策

法的な論理構成や形式的な税務の取扱いに合致しているとしても、実務慣行として確立していない株式スキームを活用している場合には、今後、東京証券取引所、主幹事証券会社、監査法人などで、問題視され、IPOがストップする可能性があります。

したがって、

  • 役職員は、税制適格ストック・オプション
  • 法人は、非適格ストック・オプション
  • 監査役、社外協力者は、有償ストック・オプション

という整理になっていくのではないかと思われます。

最近、信託型ストック・オプションの危険性が叫ばれる中、オプション取引など、新たな株式等のスキームが出て来ていますが、公正価値を担保できないものは活用しないということが必要と考えます。

国税庁も全てを否定しているのではなく、あまりにも行き過ぎたものにストップをかけているという認識なのだと思われます。

関連記事:IPO関連

1株当たり権利行使価額を時価純資産額とすることについて

今回の国税庁の税制適格ストック・オプションの要件の1つとしての

「1株当たりの権利行使価額について、付与契約の締結の時における1株当たりの価額(時価)以上であること」

について、時価を時価純資産価額とするとしています。この点、残余財産分配請求権がある種類株式を発行している会社について、税務上は、時価純資産価額として、1円として設定できることも想定されます。

しかしながら、非上場企業について、1株当たり権利行使価額として、本源的価値である公正価値を下回る時価純資産価額とした場合には、ストック・オプションを発行した会社において、ストック・オプション会計のより費用化の可能性があるため、留意が必要です。IPO直前のベンチャー企業においては、一時的に給与等の販管費が積みあがることになり、予算や中期経営計画がぶれる可能性が考えられます。

まとめ

信託型ストック・オプションをはじめとして、IPO、資本政策、事業計画などの問い合わせが急増しており、同時に担当できる会社数については制限があり、ご希望される全ての会社様について対応させていただくことはできませんが、IPOにご興味をお持ちの会社、IPOの最短での実現を果たしたい経営者の方は、ぜひ当会計事務所へお問い合わせください。

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