今回は、子会社の経理部長による簿外借入金の発生の事例を考察すると共に、その概要、起こってしまう理由や動機、対応策について、説明していきます。
大企業である親会社Pの海に面した地方にある子会社Sにおける不正事例です。
会社の被害総額は3億円と巨額なものです。
この子会社Sにプロパーで雇われた叩き上げの職人気質の笑顔の柔和な55歳位の男性Xである、経理部長がその犯人でした。会社の銀行届出印を不正利用し、金融機関1行から3億円の借入が行われ、当然、正式な会社の取締役会などの手続を経ることなく、会社の当座預金の口座に一旦入金された後、この経理部長の個人口座に振り込まれていました。
親会社Pの依頼による子会社の調査(3~5年に1回)という形で、2日間の日程で、大手監査法人の一角を占めるE監査法人の公認会計士である新任マネージャーTK、公認会計士の補助者である2年目のスタッフAの2人で訪問しました。親会社Pの子会社は全国の各地域毎に置かれ、親会社Pから出向するポストとしても使われていました。
子会社Sの財務体質は親会社Pの信用力もあり強固で、帳簿上の借入金はゼロ円であり、借入金以外の金融機関との預金残高は全て一致しており、他の勘定科目についても概ね問題ない印象でした。ただし、売掛金や買掛金などの勘定科目において、金額は大きくはないもの、一部の不一致はありました。
上場企業の金融商品取引法監査や会社法上の大会社の法定監査は言うまでもなく、大企業の子会社の調査でも、公認会計士が取引金融機関に対して残高確認状を発送し、残高の妥当性を確かめることは通常ですが、当該案件については、親会社Pからの依頼により主目的は子会社への牽制目的であり、手続の簡便化から、行っていないのが通例でした。
上記の不一致の発見もあったことから、AからTKへ報告をし、監査の基本中の基本である金融機関や取引先への残高確認状の発送をすべきではないかと提案しました。しかしながら、子会社Sの報告会の時にAがこの事実を報告したところ、大企業Pから出向している管理担当取締役Yによる「何を言っている。全ての点において不一致はないはずだ。」という恫喝とも取れる雰囲気に恐れ慄いたTKは、「A君、もういいから」とし、その後、追加調査は行われなかった。
その後、3年ほど経った、ある晴れた日の午後、親会社Pの取締役CFOから、E監査法人の親会社Pの監査担当パートナーOKのところに、「随分前の子会社Sについての監査法人の調査内容について教えてほしい。というのも、子会社Sで簿外借入金3億円が見つかって、回収できそうな金額がほぼゼロ円。」と電話がありました。慌てたOKは、TKに指示をして、当時調査をした際の調書を外部倉庫から取り寄せたところ、簿外借入金についての指摘はなかったものの、各勘定科目の表紙に指摘事項がいくつか記載されていたものの、親会社Pには、TKの指示により報告されなかったことが分かりました。
本事件については、経理部長Xの単独犯でありますが、その動機は何だったのでしょうか?
親会社Pのその後の調査によると、Xは競馬、競艇から始まり、最終的にはFXなどのギャンブル好きでした。見た目も地味で、生活振りも派手ではなく、豪遊している素振りはなかったとのことです。
当初は、自分の資金で信用倍率も低く、FX取引を行っていて、勝ったり負けたりの状態だったようです。しかし、為替レートの急激な変動で負けが込んできたため、信用倍率を高くして、損を取り返そうとしたところ、さらに損失が拡大した模様です。良くあるパターンかと思われます。当初は、個人で消費者ローンから金を借りて、何とか融通をつけていましたが、最後は会社の金に手を付けて、どうにもこうにもいかなくなったようです。
では、何故、簡単に会社の金を億単位で横領できてしまったのでしょうか?
経理部長Xの上司には、親会社Pからローテーションで出向された経理担当取締役Yがいました。しかし、この経理担当取締役Yは3年程度の短期間で親会社Pに帰任してしまうため、実質的には経理部長Xが印鑑管理、金融機関対応を含め、全ての経理実務を取り仕切り、部下も全て掌握している状況でした。最初は、いつ見つかるか分からないという恐怖心もあったものの、意外にも全く気が付かないことに、横領金額は与信枠MAXの3億円にも到達してしまったようです。
最後には、利息の返還もままならず、金融機関から後任の経理担当取締役Zに連絡があり、遂に発見されたという顛末になりました。
それでは、このような事件はどのようにすれば、未然に防げたのでしょうか?
個人の身辺調査をすれば、判明することもありますが、コストベネフィットの観点からは、現実的ではありません。
親会社Pからローテーションで経理担当取締役が出向してくるという事例は、大企業を中心に不正防止の観点等から、よくあることだと思います。これ自体には、違和感はありません。
ただ、短期間のお客様的に単に取締役という地位に安住し、地方ライフを満喫するなど、印鑑管理や金融機関対応まで、全て任せっきりにしたのが、最大の理由と考えられます。経理部長にも、「見てるぞ!」という監視の目を降り注いで、「やったらばれる!」という、不正に手を染めさせない仕組みづくりやマインドセットは必要です。被害者にも加害者にも、そうあるべきと考えます。
また、使われていない当座預金があり、これについては、全く使われておらず、残高もゼロであったため、月次決算だけでなく、年度決算においても、誰もチェックしていなかったようです。多くの会社で、使われていない預金口座(普通、当座、通知、定期など)、小切手帳、手形帳などを見かけることがあり、使用見込のない口座については閉鎖すべきと御助言申し上げていますが、一覧性をもって、使用状況は定期的にチェックすることが必要と思います。
一方で、監査法人についても、法定監査ではなく、親会社と比較すれば規模的には小さいものの、最低限の残高確認は行っても良かったのではないかと思われます。また、監査ではないものの、数値の不一致をそのまま放置したことは万死に値するでしょう。
経理部長Xは、監査法人の子会社調査により、半分は発覚すると覚悟を決めていたようです。しかし、報告会でいくつかの指摘があったものの、親会社に報告されることなく、握りつぶされて何らの発覚に至らず。1日目の子会社調査が終わった後には、経理担当取締役Yと経理部長Xは、監査法人のTKとAと会食を行っていました。お酒をいくら飲んでも、酔うことはできず、素面の状態だったようです。
「見つからないでほしい。早く見つけて欲しい。」という、葛藤の中、数年を過ごしたといいます。
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