長南会計事務所
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東京証券取引所の実質的な審査基準の実務上の論点

東京証券取引所における市場改革、2022年4月から開始されたものの、国内を始め世界各国におけるコロナ感染症の蔓延と中国の都市のロックダウン、ロシアによるウクライナ侵攻による石油や食料といった資源の物流網の混乱による世界経済のスタグフレーション、金利上昇圧力による米国経済のリセッション懸念の拡大、投資家心理の急激な冷え込みよる株式市場のS&Pを始めとするハイグロース株式を中心として暴落により、出鼻を挫かれた格好になっています。

しかしながら、こうした動乱期であるからこそ、社会や人々のマインドがリセットされ、パラダイムシフトの転換期になるとも言え、

  • 1991年の土地バブル崩壊
  • 2000年ITバブルの崩壊
  • 2008年のリーマンショック

時においても、新規事業やベンチャー企業の勃興なども起こっており、資金という意味では重要な役割を果たすIPOは、一時的にはバリエーションの観点などから低迷することも予想されるものの、IPOにおいて企業や経営者のやるべきことは大きく変わることはありません。

そこで今回は、IPO準備のスケジュールの過程での主幹事証券会社や監査法人などとのやり取りで実際によくある課題とその対応策について、説明していきます。

東証の実質基準

東京証券取引所の審査部の実質基準は、大きく5つに区分されます。

以下は、抜粋となります。

読んで字の如く、論点になりにくい項目については、触れませんが、上場申請(予定)会社(俗に、主幹事証券会社は株式を発行する主体であるため「発行体」ともいう)がIPO準備の過程で論点となりやすい項目や審査上誤解されていて、上場申請会社サイドにおいて不本意ながらも指導事項と称して飲まされてしまうと思われる箇所に下線を引いて、実例とともに説明しております。

1.企業内容、リスク情報 等の開示の適切性

企業内容、リスク情報等の開示を適切に行うことができる状況にあること

経営に重大な影響を与える事実等の会社情報を管理し、当該会社情報を適時、適切に開示することができる状況にあること。また、内部者取引等の未然防止に向けた体制が適切に整備、運用されていること。

経営に重大な影響を与える事実等の会社情報を管理

歴史の長い老舗企業においては、社長のお母さまや奥様が金庫番を担っているケースがあり、契約書などの書類が各部署もしくは担当者毎に保管されていることがあります。設立間もないITベンチャー企業については、契約書についてはオンラインで管理されることも増えて来ていますが、まずは物理的に1ヶ所に集約することが必要となります。

また、あるべき書類がない場合もありますが、新たに契約するなどの対応が必要なこともあります。この時、必要な書類の複写が、顧問税理士、顧問弁護士、司法書士の手元にあることも少なくありません。

内部者取引等の未然防止に向けた体制

役員やその同族関係者を中心にインサイダー取引規制があり情報管理が必要となりますが、決算情報や重要情報に接触する顧問弁護士や顧問税理士などもその対象となります。最近、とある証券会社の引受担当部署から、

「株式を持っている場合には、株式を全て売却するか、外部の顧問を外すか、いずれかの対応をしなくてはいけない」

との指導があったと聞きましたが、役員等と同様のインサイダー規制が既にあることから、これについては、当然、不要と思われます。

企業内容の開示に係る書類が法令等に準じて作成されており、かつ、投資者の投資判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項、リスク要因として考慮されるべき事項、事業計画及び成長可能性に関する事項について投資者の投資判断上有用な事項、主要な事業活動の前提となる事項について分かりやすく記載されていること。

事業計画及び成長可能性に関する事項

過去の業績の推移やビジネスの仕込み状況と比較しても実現可能な事業計画であるか、IPOゴールではなく上場後も継続して成長できる可能性が高いことは、東京証券取引所もそうですが、主幹事証券会社としてはIPOの段階でどれだけ魅力であって、時価総額が高く、社会的にも旬であり人気の出やすい銘柄(俗に、主幹事証券では発行体のことを「銘柄」という)になり得るかということが最大の関心事といえます。

時価総額が高く、公募・売出の規模が大きくなればなるほど、それに比例して主幹事証券としての手取りが増えていくことも背景としては考えられます。

上場申請会社としては1日でも早くIPOを実現したいということもあり、IPOスケジュールを早くしたい上場申請予定会社とIPOしてからの決算下方修正などの問題を起こして欲しくない主幹事証券会社との間で、意見の齟齬が生じることがあります。

決算期を3月末とし、年内上場を想定した場合のIPOスケジュールは、以下の通りです。

この各フェーズもフェーズ毎に様々な論点が出てきます。

年月イベント
3月末決算期
4月初主幹事証券会社の審査部による上場審査 (予備審査等で上場審査上の論点は洗い出すことが多い)
6月末株主総会
9月中主幹事証券会社の審査部の審査終了
9月中主幹事証券会社の銘柄審査会(上場申請させるかの最終会議)
9月下東京証券取引所に上場申請
 面談の他、3回程度の質問対応
11月下東京証券取引所に上場承認
 機関投資家へのロードショー
12月初発行価格決定
12月中東京証券取引所に上場

最近の傾向として、実際の上場日が、決算期末の3月や決算期末を越えて4月や5月に上場する所謂、期越え上場を主幹事証券会社から、強く推奨されることがあります。

これは、比較的企業規模の大きくない、成長途上にあるIT企業においては、企業の継続性としてのリスクが高いことから、主幹事証券会社としては、より慎重に判断したいという意図が垣間見えます。

特定の1社との契約が売上高の大半を占めている場合、1つの事業セグメントの売上高に対する依存度が高い場合、社長等特定の人に依存したビジネスである場合などは、契約継続や特定人の生存などが重要となることから、決算及び月次決算をより長く見たいというのは致し方ないことかもしれません。

上場申請会社としては、月次決算の整備直前々期からは当然として、なるべく早く月次での予実分析をして、主幹事証券会社とのリレーションを深めていくことが重要と思われます。

ただ、ITの受託開発会社において、主幹事証券会社から中期経営計画(3年)に関する年度毎のバイネームでの注文書などの提出を求められるということがありましたが、これは、受託開発会社の実務を分かっていない担当者であったことから生じました。

しかしながら、当該上場申請会社の月次予実分析のフォームが稚拙であったり、担当者に信頼性がなかったりと、他の論点に対する対応も甘かったことから、色々と難癖をつけてくるパターンではあると思われます。

上場申請会社として、形式は整えることを出発点として、その後、各企業の味付けをしていくことが必要と思います。具体的には、IPOを実現した会社などから、雛形を入手し、それをたたき台として修正していくことが現実的かと思います。未経験の方が、一から作成して、悪戯に時間だけLOSSすることも多く、時間は巻き戻せないことを理解しておいた方が良いかと思います。

外部のリソースを有効に使うことも効果的ですが、あくまでもIPOの主体は上場申請会社

関連当事者その他の特定の者との間の取引行為又は株式の所有割合の調整等により、企業グループの実態の開示を歪めていないこと

親会社等を有している場合、申請会社の経営に重要な影響を与える親会社等に関する事実等の会社情報を申請会社が適切に把握することができ、かつ、投資者に対して適時、適切に開示できる状況にあること。

典型論点であるため、最近特に変更された点はありませんので、詳しい説明は省略しますが、非上場の親会社であっても、日本においては、子会社上場は、取引関係、人的関係、資金的関係などが明確に切れているのであれば、一定程度認められておりますが、直前々期に入るまででの解消が必要となります。

2.企業経営の健全性

事業を公正かつ忠実に遂行していること。

特定の者に対し、取引行為その他の経営活動を通じて不当に利益を供与又は享受していないこと。

親族関係、他の会社等の役職員等との兼職の状況が、役員としての公正、忠実かつ十分な職務の執行又は有効な監査の実施を損なう状況でないこと。

親族関係、他の会社等の役職員等との兼職の状況

兼職の数については、いくつかの機関投資家などが、上場会社5社以上になると、株主総会になると自動的に反対票を投じることから、一つの目安として考えられています。

親会社等を有している場合、申請会社の経営活動が親会社等からの独立性を有する状況にあること。

3.企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性

コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制が、企業の規模や成熟度等に応じて整備され、適切に機能していること。

  • 役員の適正な職務の執行を確保するための体制が相応に整備され、適切に運用されている状況にあること。
  • 経営活動を有効に行うため、その内部管理体制が相応に整備され、適切に運用されている状況にあること。
  • 経営活動の安定かつ継続的な遂行、内部管理体制の維持のために必要な人員が確保されている状況にあること。
  • 実態に即した会計処理基準を採用し、かつ会計組織が適切に整備、運用されている状況にあること。
  • 法令等を遵守するための有効な体制が適切に整備、運用され、また最近において重大な法令違反を犯しておらず、今後においても重大な法令違反となる恐れのある行為を行っていないこと。

この点に関しては、組織図上の最低限の要件を満たすだけでは足りず、社内に東京証券取引所や主幹事証券会社の窓口となり得る1人のキーパーソンがいるか否かにより、印象が好転も悪化もするため、IPOのためには、この採用の可否が決まるといっても過言ではありません。

そのための人材としては、IPO経験者がベストではありますが、上場会社の適時開示経験者や外資系金融機関や公認会計士が、その役割を担うことができる素養はあるかと思います。

4.事業計画の合理性

相応に合理的な事業計画を策定しており、当該事業計画を遂行するために必要な事業基盤を整備していること又は整備する合理的な見込みのあること。

事業計画が、そのビジネスモデル、事業環境、リスク要因等を踏まえて、適切に策定されていると認められること。

事業計画を遂行するために必要な事業基盤が整備されていると認められること又は整備される合理的な見込みがあると認められること。

ロードショーの時から、会社説明資料としてのマテリアルを作成する必要がありますが、上場申請時点で開始していない新規事業や海外展開などについては、具体的に言及できないので、投資家に対して適切にアピールするためには、IPOのスケジュールとともに、エクイティストーリーも並行して考えていくことが、企業価値を適正に評価してくれるものと考えます。

5.その他公益又は投資者

保護の観点から当取引所が必要と認める事項

  • 株主等の権利内容及びその行使の状況が、公益又は投資者保護の観点で適当と認められること。
  • 経営活動や業績に重大な影響を与える係争又は紛争を抱えていないこと。
  • 主要な事業活動の前提となる事項について、その継続に支障を来す要因が発生していないこと。
  • 反社会的勢力による経営活動への関与を防止するための社内体制を整備し、当該関与の防止に努めていること及びその実態が公益又は投資者保護の観点から適当と認められること。
  • 新規上場申請に係る内国株券が、無議決権株式(当該内国株券以外に新規上場申請を行う銘柄がない場合に限る。)又は議決権の少ない株式である場合は、ガイドラインⅣ 6.(5)に掲げる事項のいずれにも適合すること。
  • 新規上場申請に係る内国株券が、無議決権株式である場合(当該内国株券以外に新規上場申請を行う銘柄がある場合に限る。)は、ガイドラインⅣ 6.(6)に掲げる事項のいずれにも適合すること。
  • その他公益又は投資者保護の観点から適当と認められること。

反社会的勢力による経営活動への関与を防止

過去の金融犯罪や反社会的勢力等との付き合いがあり、IPOの上場申請が認められず、結果、M&Aによる会社売却に踏み切った会社もあります。

一方で、過去に粉飾決算の舞台となった企業の起業家が社内体制を堅牢に堅牢を重ね、再度のチャレンジで、グレーゾーンから脱却し、IPOを果たしてケースなどもあります。程度の問題があるため、上場準備を始める段階で、東京証券取引所の上場推進する部署に確認することが必要と思われます。

傾向とすると、東京証券取引所の審査基準とはまた別の審査ハードルを設ける大手の証券会社では取り扱わないものの、東京証券取引所の基準を充足する形で取り扱う証券会社もあります。

特に、金融機関系証券会社においては、反社会的勢力に対するハードルは、傘下の銀行や証券会社の支店からの情報にも左右され、フラグが立っている会社や個人はNGとなってしまうことがあるようです。

監査法人についても同様で、大手を中心にガバナンスのハードルの高さは異なります。これは、IPOの実績や経験についてもさることながら、兼業を禁止し監査のみを行っている大手監査法人と兼業を容認している監査法人との社内ルールの違いによるものかと思います。これとのバランスで、大手監査法人の監査報酬と比較して半分程度になる監査法人ももあるようです。

日本においては、伊藤園やサイバーダインなどにおいてのみ認められている現状です。

まとめ

同時に担当できる会社数については制限があり、ご希望される全ての会社様について対応させていただくことはできませんが、IPOにご興味をお持ちの会社、IPOの最短での実現を果たしたい経営者の方は、ぜひ当会計事務所へお問い合わせください。

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