ソフトバンクグループ(以下、SBG)が、東京国税局の税務調査を受け、2021年3月期までの2年間で約370億円の申告漏れを指摘され追徴課税されました。その内容は、傘下のスプリントとTモバイルUSの合併に伴い発生したデュー・デリジェンス費用などの新会社株式の取得関連費用を雑損失として計上していたところ、税務当局に株式の取得価格に算入すべきと指摘を受けたことによるものです。
合併、会社分割、事業譲渡などのM&Aの取得関連費用については、企業側と税務当局で意見が相違した場合に金額が多額となるケースが多く、企業側は慎重な対応が求められます。
今回は、M&Aのうち、非上場企業や比較的小規模な事業に対して行われる事業譲渡にかかる買手側企業の取得関連費用の処理について解説します。
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事業譲渡とは、対象企業の株式を取得し、会社自体を傘下に収めるのではなく、会社の事業の一部を売買するM&Aの手法を言います。事業とは、該当する事業を営むために必要な棚卸資産や不動産などの有形固定資産だけではなく、個別の契約で引き継ぐこととされた負債や事業運営に必要な契約関係、商標権・特許権などの知的財産権、ブランド、ノウハウ、顧客情報などの無形(固定)資産を含んでいます。
事業譲渡では、売り手企業より時価で資産を購入しますが、事業譲渡による取得価額と差が生じることが多くあります。例えば、支払金額500、棚卸資産の時価100の場合、差額400が生じます。この差額400が「のれん」として計上されます。すなわち、のれんとはその事業から生まれるものと期待される収益力である超過収益力と言えます。
会計上、厳密にはのれんの中に無形資産(マーケティング関連、契約関連、技術関連、顧客関連)が含まれていないかどうかを分析し、含まれている場合にはそれらをのれんと分離して識別する必要があります。これをPurchase Price Allocation(PPA)といいます。上場会社においては、このPPAの評価を毎期末において、実施することになります。
だたし、未上場会社の場合、実務上は通常PPAは行われないこと及び単純化して説明するため、ここでは取得価額と資産負債の差額=のれんとして扱います。
取得関連費用とは、企業が外部のアドバイザー等に支払った成功報酬、デュー・デリジェンス、バリュエーション、コンサルティング費用などが該当します。事業譲渡にかかる取得関連費用は、取得した事業年度の費用として処理します(企業結合に関する会計基準第26項 企業会計基準第21号)。
従前は、取得関連費用は、取得した棚卸資産や不動産等の取得価額に含めることとされていましたが、国際会計基準との整合性を図り、取得関連費用は事業の売主と買主との公正な価値の交換ではなく、事業譲渡とは別の取引と考えられることから、取得価額には含めないとされています。
一方で、子会社株式の取得については、個別財務諸表上は、取得関連費用を取得価額に含めます(金融商品会計に関する実務指針準第56項 会計制度委員会報告第14項)。
個別財務諸表と連結財務諸表において、取得関連費用を取得価額とするか、費用するのかの違いが生まれており、上場会社においても、会計処理の誤りとして、会社と監査法人の双方が見逃し、過年度決算の修正が行われることがあります。
M&Aにおける最大のコストは、M&A仲介会社に支払う手付・成功報酬、会計士や弁護士に支払う財務・法務デュー・デリジェンス費用となる場合が多いです。
手付・成功報酬については、取得関連費用に含めることに異論はありませんが、プロフェッショナルのデュー・デリジェンス費用については、買収意向前か後であるかにより、異なると考えられます。
買収意向前であれば、単なる一般的な調査であり、比較的コストも安いと考えられ、取得関連コストではなく、費用と考えられます。一方で、買収意向後であれば、取得することを目的とした支出であり、比較的コストも多額と考えられ、取得関連費用に該当するものと考えます。
いずれか、微妙な場合もあると思われますが、取締役会決議などで、意向を明確にしておくことは最低限求められます。
意向前事前調査 | 意向後デューデリジェンス | |
弁護士・会計士・税理士 | 費用 | 取得原価 |
M&A仲介会社 | 費用又は取得原価 | 取得原価 |
法人税法上、事業譲渡にかかる取得関連費用を取得価額に算入するかどうかについて明確な規定はありませんが、例えば、棚卸資産については、以下の付随費用は取得価額に含めるとされており(法人税法施行令32条①一)、一つの参考となります。
※以下の費用は少額(購入代価の概ね3%以内)であれば取得価額に算入しないことができます。
これらのことから、事業譲渡の場合であっても、棚卸資産・建物等の償却資産・有価証券等については、通常の法人税法の規定にしたがい、取得関連費用を取得価額に算入し、資産計上する必要があると考えられています。
一方、法人税法上、支払金額のうち、取得した資産負債の金額を超過する部分は、資産調整勘定として認識することとされており(法人税法62条の8)、この部分がのれんとなりますが、取得関連費用をのれんに含めるかどうかの明確な規定はありません。
この点、税務上の取扱いが明確ではないものの、取得関連費用は事業譲渡により発生した費用であり、のれんは事業譲渡の対価と棚卸資産等の承継資産との差額で目に見えない超過収益力であっても財産的価値を取得したものと考えられます。したがって、取得関連費用は、事業譲渡により取得した他の承継資産との整合性を図り、のれんの取得価額にも含めることが合理的と考えられます。この場合、のれんについては、税務上は、資産調整勘定又は負債調整勘定として60ヶ月で償却され、費用化されることになります。また、税務調査においても、多額な取得関連費用を資産計上するように求められる可能性は低くないと考えます。
事業譲渡により取得した棚卸資産等の承継資産及びのれんについては、どちらも課税仕入として消費税等の対象となります(消費税法第28条1項)。のれんは目に見えるものではありませんが、法人税法で資産調整勘定として認識している以上、消費税法上は超過収益力という財産的価値があるものとして考えられているからのようです。
以下の事例で解説します(単純化するために消費税は考慮していません)。
仕訳
事業譲渡時
借方 | 貸方 | ||
---|---|---|---|
棚卸資産(BTC) | 220 | 預金 | 1,100 |
のれん | 880 |
棚卸資産については、通常は、1年以内など比較的短期間で、売上原価として費用化されることが想定されます。
2年目(のれん償却時)
借方 | 貸方 | ||
---|---|---|---|
のれん償却 | 176 | のれん | 176 |
880÷5=176
税務上、資産調整勘定(のれん)は5年(月割計算)で償却します(法人税法62の8)。
事業譲渡に係る取得関連費用について簡単に説明しましたが、いかがでしたでしょうか。事業譲渡等のM&AはFA(ファイナンシャル・アドバイザー)に対してレーマン方式で成功報酬が発生するほか、財務・税務・法務・ビジネスデューデリ、バリュエーション等のコンサルティングフィーで取得関連費用が多額になります。また、取締役会等での意思決定や買取以降のタイミングが一つの判断基準にはなるものの、実態として取得関連費用に含めるかどうかを検討する必要も生じる可能性があります。税務上の規定は明確ではなく、ケースバイケースで検討する必要性がございますので、事業譲渡に関する税務会計処理について課題をお持ちの方・もう少し詳しく知りたい方は、ぜひ当事務所へお問い合わせください。